ジャカランダが満開で街が紫色に染まるLA

皆さんはジャカランダの花ってご存知ですか?毎年5月から6月になると紫色の花が咲き、LAの街が紫色に染まります。

自宅の近所にジャカランダの並木道があるので早朝まだ陽が低い時にBMPCC4Kで撮影してみました。

LAに長く住んでいるとジャカランダの花が咲いてもなんとも思わなくなるようですが、私は毎年この時期が楽しみで仕方がないのです。何年経っても何度見てもジャカランダの花は素敵です。
ただ見栄えは美しいのですが、落ちた花を踏んづけると靴がウンコ臭くなるという難点もありますので少し遠目で楽しむことをおすすめします!

曲探しにひどく苦労するモーラム

モーラムと出会ったまでは良かったが、ライブで演奏されている曲のオリジナルを探そうにも手がかりがまったくない。どこから手を付けてよいのかわからない。

日本語でGoogleするとモーラムやルークトゥンが解説されているウエブサイトがいくつも表示されたが情報は古いものばかりだった。そこで紹介されているYoutubeの動画もやはりSNSでライブ配信されている曲とは違う少し古くさい感じの曲ばかりだった。

Youtubeで「หมอลำ」(タイ語でモーラム)と検索すると結果は大量に表示されるものの英語や日本語のコンテンツは皆無で手がかりを掴むことができず途方に暮れるしかなかった。

もしやと思いSpotifyで検索をしてみるとノリの良いモーラム風の曲がいくつも出てきたので兎にも角にも1曲1曲聴きこんでみた。その中でSNS配信者がラジオに合わせて歌っていた曲がみつかった。センダーオというアーティストのナンファーサラパンという曲だった。

 
【นางฟ้าสารภัญ I แสงดาว PTmusic [OFFICIAL MV ]】
 
田んぼ、どこまでも続く地平線、田舎の町並み、あっち系のお兄さん(お姉さん?)たち、そしてセンダーオの歌唱スタイルなどこのMVには私にとって未知の世界が詰め込まれていた。
 
私の中でモーラムの扉が開かれた瞬間だった。

 

 

コイ・チャリニの引退で激震が走るモーラム業界

2025年5月31日、コイ・チャリニが引退を表明しファンを含めモーラム業界に激震が走った。

 
今年からサオノーイ・ペットバンペーンの二部組織としてスタートしたばかりのサオノーイ・ラム・プルーン・ショーのシーズンフィナーレ当日のことだった。
 
かつて健康状態を理由にサオノーイ・ペットバンペーンを脱退していたコイ・チャリニだが、サオノーイ・ラム・プルーン・ショーの立ち上げに合わせてボス・ジョー(Joe Yomanil)にヒロインとして抜擢され、当然来季の活躍にも期待がかかっていた中での出来事で各方面でざわついているようだ。実力派モーラム・シンガーを失う業界のダメージは大きい。大ファンであった私ももちろん動揺している。
 
コイ・チャリニはもともとモーラム・シンガーではなかったようだが、どこかのタイミングでモーラムに転向している。それはサオノーイ・ペットバンペーンのヒロイン、アオム・アムも同じで、モーラム以外の音楽的要素を持ち合わせていないとモーラム楽団のヒロインにはなれないのかもしれない。逆にそれ故にモーラムを超えた広い層から支持されるのであろう。
 
さておきコイ・チャリニの歌唱力は抜群である。それは優れた絶対音感に支えられているからだ。モーラム楽団が大音量で演奏する中、音程を外さずに歌い上げることができるというのもモーラム・シンガーとして要求される技術・才能のひとつと言える。
 
例えばサオノーイ・ペットバンペーンで一番人気のオン・イン。ステージでの経験が浅いデビュー当初は音程を維持するのが難しく外しまくっていた。その後ヘッドセットをしながら歌うようになり安定し、今ではヘッドセットなしで音程を保てるようになっている。
 
スタジオやMVでは完璧に歌い上げているモーラム・シンガーであっても、ステージ上では酷すぎて聴けたものではなく、当然人気も上がらずクビ同様に去っていく者もいる中で、コイ・チャリニの音感は完璧で安心してステージを楽しむことができる。それに気づいたのはサオノーイ・ラム・プルーン・ショーのリハーサルをしているコイ・チャリニの歌声を聞いた時だった。一気にファンになった。
 
いつかライブで観てみたいと思っていたが、2025年のタイ・ロケットフェスティバル旅行ではサオノーイ・ラム・プルーン・ショーの開催スケジュールと合わず、カラーシンのクットワで行われるサオノーイ・ペットバンペーンのショーを観る予定を組んでいた。
 
ロケットフェスティバルであるヤソートーンに到着して我が目を疑った。5月18日、ロケットフェスティバル終了後にコイ・チャリニのステージが行われるという立て看板を見つけたのだ。
 
右下にコイ・チャリニが!
 
5月18日は朝からヤソートーンでロケットフェスティバルに参加し、午後カラーシンに移動しそこで別のロケットフェスティバルに参加した後、そのままサオノーイ・ペットバンペーンのライブを観て夜中にヤソートーンに戻る予定を立てていた。もしコイ・チャリニのステージをヤソートーンで観るのであればカラーシンから一度ヤソートーンに戻り、そこからまたカラーシンに戻ってサオノーイ・ペットバンペーンのショーを観ることになる。ヤソートーンからカラーシンまでは車で片道1時間半。結構な移動距離だ。おまけにコイ・チャリニのステージが何時から行われるかもわからない。できるならコイ・チャリニに会いたいという気持ちを抑えることができずヤソートーンに戻ることにした。
 
ヤソートーンに戻れたのは午後7時頃だった。ステージのある市営のドームは閑散としており、もしかすると既に終わってしまったのかもしれない。諦めてカラーシンに向かおうとも思ったが同行者がChangの売り子さんに聞いてくれた。我々がタイ語を全く話せないのを悟った売り子さんが電卓に「21」と打って見せてくれた。午後9時スタートだということがわかった。流れが変わった。
 
午後9時からとなるとサオノーイ・ペットバンペーンのオン・インのステージには明らかに間に合わなくなる。おまけにイベント、移動、イベント、移動でかなり疲れている。悩んだ末、オン・インは昨年シーサケットで行われたショーで観ていたので今回はヤソートーンに留まりコイ・チャリニのステージを観ることにした。運命を分けた瞬間だった。
 
予定よりだいぶ遅れ、コイ・チャリニのステージは代表曲のひとつ、サオ・ホン・ハイからスタートした。イントロを聞いた瞬間はからずも涙が滲んだ。今ここにいることをとてつもなく幸せに感じた。
 
เซาฮ้องไห้ – ก้อย ชาลินี【OFFICIAL MV】
 
 
ヤソートーンのロケットフェスティバルの後夜祭で歌うコイ・チャリニ
※引退直前のライブでお捻りを渡すことができてラッキー!
 
 
今思い返せば、あのときヤソートーンに残る選択をしていなければ、モーラム・シンガーのコイ・チャリニには一生会うことができていなかったであろう。運が良かったとしか言いようがない。
 
コイ・チャリニは昨年サオノーイ・ラム・プルーン・ショーに加入してからどんどんやつれていったので健康状態をとても心配していた。小柄な体型であることはSNSで知っていたが、いざ会ってみるとかなり華奢であることがわかった。あの小柄で華奢な身体からどうやってあの歌声を出せるのか不思議でならなかったが、ステージ上ではとても元気そうだったので安心していた。
 
そんな中での引退はとても残念に思うと同時に、これで安定した健康的な生活を送ることができるようになるので良かったと思う気持ちもある。健康を取り戻してまた違う形でステージに上がれるようになるまでしばらく待つとしよう。ありがとう、コイ・チャリニ!
 
そしてサオノーイ・ラム・プルーン・ショーの来季のヒロインは誰の手に?(もしかしてベル・ニパーダ??)
 

モーラムとの出会い

モーラムとの出会いはとあるSNSであった。

あれはパンデミック中、2022年頃だったと思う。個人がライブ配信を行い投げ銭をもらうスタイルのSNSで、笑顔を振りまく者、じっと画面を見つめる者、セクシーな動きをする者、業務中の様子を配信する者など様々なタイプの配信者が世界中にいた。その中でお寺の境内らしきところに設置されたステージからバンドのライブを配信しているものがあった。画面の中にはバックダンサーに囲まれて歌っている歌手がいた。彼女がライブ配信をしていたのだ。

バックダンサーの動きはバラバラ、やる気なさそうにしている者もいれば観客からお酒を振る舞われて喜んで飲んでいる者もいた。女性歌手はノリの良いリズムの曲をかつて耳にしたことがあるような無いようなこぶしで歌い上げていた。まるで昭和の歌謡曲のような雰囲気だなと思った。それがモーラムだったのである。

【SNS配信主のNuchareeさん】

彼女のライブ配信を追いかけることで少しずついろいろなことがわかってきた。まず曲はモーラム、バックダンサーはハーンクルアンと呼ばれること。観客が時々ステージに近づき握手したりお金を渡したりしていること。そして配信はイサーンと呼ばれるタイの東北地域から行われていることも。また歌っている曲は他の配信者のライブでも演奏されていたりしていたので彼女のオリジナルではなく一般的に人気のある他人の曲だということもわかってきた。

しかしイサーン語、ましてやタイ語も全くわからない私にとってはここからが大変であった。